ちょっと考えたのですが、“ 1人で生きていく ”というのが個人の基本ではないでしょうか。
もちろん、恋人や夫婦、家族に会社、いろんな人との関係も大切ですが。
司馬遼太郎さんの本も面白いですね。
すこし抜粋します。
>> 俄(にわか) 司馬 遼太郎 講談社文庫 72.6.15
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「知恵より大事なのは覚悟や、と。覚悟さえすわれば、知恵は小知恵でもええ、あとはなんとかなるやろ」
「思えば俺も間違うとった。一ツ才覚だけで世を渡ろうとしたのが料簡ちがいや」
一度使った才覚は一度だけ古くなるものだ。
何度も使えばすりきれて使いものにならなくなる。
「才覚は天神祭りの花火と同じやなあ」、同じ趣向の花火が続け様にあがれば客が飽くのだ。
飽けば客が散る。
俺は毅然として世に立つべきだ、という自分への欲求がつよい。
「死ぬの?」
「人間、生きていることがそもそも不思議やのに、死ぬことがわかるかい」
「人殺しに行くのに、おのれだけ生き延びようという料簡では相手の眉間の蚊アもたたけんわい」
「水をしぼって固いところを持ってゆかんと戦場で逃げられてはかっこうが悪い。まあもう2,3日待つ」
「相場師の目は、片一方が近眼で片一方が遠眼やないといけまへん」
「見通しというのは利口や阿呆の仕事やおまへん。情緒(こころ)を殺して非人間にしてはじめてできることでごわす」つまり、いかなる勢力にも好き嫌いをおこさず、水のように冷々淡々と世界をながめてはじめて観測ができる。
稀代の利口者でも物事に愛情を生ずればそれにひきずられ、遠見がきかなくなったり、やぶにらみになったりするのだ、と大文字屋はいう。