たとえどんなダメージを受けてもフリーランスは人前では堪える。暗がりへ行って回復するのを待ち、何食わぬ顔をして仲間のところへ戻る。
人間対人間、男対男として対等の立場で、ごく普通の、肩の力を抜いた話をすることができる。つまり、ふんぞり返ることも、へりくだることも、逆にマイナスとなる。これがフリーランスの武器である。
イワシタが速く走るだけの男なら、あれほど有能な男たちが彼のまわりに集まりはしないだろう。
興奮と感動とを一緒に考えてはならない。興奮は肉体的なものであって,感動は精神
的なものだ。しかし,感動の前には必ず興奮がある。従って精神の前には肉体がなければならない。道具にこだわるということは肉体の前に精神を持ってくることになりはしないだろうか。
この先私はどんな事にも手を出すだろう。意味があってもなくても動きまわるだろう。昏迷のなかにあって何かをはっきりさせるには、とりあえず動くしかない。
そうした生きざまは、サファリ・ラリー同様、爆走のオデッセイかもしれない。
ただラリーと違うのは、ペースノートもなければ、道順もわかっていないし、またナビゲーターもいないことだろう。